僕は基本的にネガティブな思考回路が優先的であると自覚しています。
かといって、それを悪いことだとは思っていません。
ネガティブと言っても、いつまでもくよくよ落ち込んで何も手をつけられないというようなことはなく、むしろネガティブさが役に立つこともあるからです。
それでも、何かに悲観的なっていることに対して、「前向きになろうよ!」「ポジティブになろうよ!」と言ってくる人が一定数います。
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前向きという思考停止
確かに、世の中とりあえずやってみて結果は後からついてくる、というようなことはたくさんあります。
このような時は、たとえ失敗しても、成功しても、どんな場合でも学べることはあります。
だけど、目の前のことに対して想定される幾つものケースを考え抜いているときに、「前向きになれ」なんて言われても嬉しくもなんともありません。
きちんと根拠に基づいた励ましならまだしも、たいていの場合はなんの根拠もなくただ漠然とした「大丈夫」を押し付けてきます。
それで結果的にうまくいくということも少なくないかもしれませんが、「根拠のない大丈夫」を一方的に投げつけてこられると、深く考えることをやめて一種の神頼みをしているようにさえ思えてきます。
心の底の否定
生きててずっとポジティブなんてことはありえません。
人それぞれにそれぞれの苦悩があり、程度の差はあれどネガティブになる瞬間は必ず訪れます。
このような状況に陥った人に「前向きになろうよ!」と声をかけることは、時にその人自身の心の底を否定していることになります。
ポジティブが故に、人の心があまりわからない
ポジティブを押し付けてくる人というのは、絶対的にポジティブが正義だと思っています。
さらに厄介なことに、そのポジティブさ故に、人に押し付けていることに気づくことができないのです。
