大学4年くらいまでは日本式の就活を散々敵視して、IT系のフリーランサーになった方が自由に働けるし、場合によってはその辺の企業で働くよりも高収入になれると思っていた。
南国でパソコン片手に自由気ままに働いている自分の未来が、まるでシャッタースピードを遅めに設定したような心地よいスローさで、ISO感度を低く抑えたクリアな質感で写し出されている。
夢への露光時間を長めに取ったおかげで、細部まで鮮明に捉えられたその未来は、まさに100MPの高解像度で描かれていた。
南国にDreamin’ 俺のVision
ピント合わせば超鮮明なMission
PC片手に南風のLocation
絞りは開放 自由なVacation
(ふざけるのはこの辺にする。)
結局、学部時代はこのVUCA時代にはフリーランス一択でしょ、という持論を振り翳していた。
目次
IT系フリーランサーとして生活してみて
どういうものなのかを知るために、ここ3年くらい実際にフリーランサーとして活動してみた。
内容は英会話講師から始まり、WEBサイト作成、最近では企業の基幹システムの作成や病院・大学のDX化案件などIT系の業務を行ってきた。
そこで気づいたのは、フリーランサーになっても結局縛られるということである。いや、むしろフリーランサーの方が縛られるのではないかとも思う。
ノマドワーカー
IT系なら特に、パソコンがあればどこでも働ける。いや、正しくは、どこにいても働かないといけないのだ。
そして、俺が昔想像していた南国でパソコン片手にという点に欠けていたのは、ビーチサンダルで砂浜に寝そべりながらレゲトンを聴いているその先のことであった。
取引先からくる無理難題に近い仕様変更へのslack対応、SAML申請書の執筆作業、単一責任の原則、、、まるで砂浜とは無縁の概念が常に脳内に舞い込んでくる。
これでは休まるものも休まらない。
幻のフレックスタイム
システムがダウンすると、ココナッツジュース片手に焦りながら南国のWi-Fiに祈りを捧げることになる。
自由とは程遠い。
そんな状況を救ってくれるのがKubernetes(k8s)だと聞いたことがある。分散型で高可用性、自己修復機能を持ち、ある意味「自律的」なプラットフォームだ。理論上はサーバーダウン時でもk8sが勝手にPodを再起動してくれる。
これで安心してビーチサンダルで砂浜に戻れるはずだ。
しかし、現実はそう甘くない。
k8s自体が複雑すぎて、そもそもセットアップが一筋縄ではいかない。
YAMLの海で泳ぎ疲れ、気がつけば南国どころか自宅のデスクから離れられない日々が続く。
気がつけばフリーランサーの自分は、k8sという新たな「上司」に従属していた。
断続的なフレックス勤務は、もはや24時間労働に等しいのだ。
孤独という名の自由
フリーランスの最大の敵は、孤独である。
企業勤めならば何かあっても数十人体制でバックアップしてくれるが、フリーランスとなるとそうはいかない。
風邪をひいても、地元のチーズ転がし祭りに誘われたとしても、どんな理由があれど納期は待ってくれない。
自分一人で死に物狂いで案件を仕上げないと信用が失われ、次の案件が取れない、という負のスパイラルに入ってしまう。
企業の歯車という言葉をよく聞くが、実は企業という組織体制は、みんなの力を合わせて一つの大きなプロジェクトを完遂できる力を持っているのではないかと気づいた。
不安定な収入
確かにフリーランサーとして働いていれば、2000万円の案件を受注すれば税金を除いてほぼまるまる自分の収入として受け取ることができる。
これだけあればしばらくは暮らせるかもしれないが、それがなくなったらまた案件をこなすという無限ループに陥る。
安定した収入を求めることは、結果的に安定した仕事量を絶えず確保するという義務を負うことに等しい。
自由に見えても実際は綱渡りのような生活が待っているのである。

