俺は自分自身が凡人なことを誰よりも理解している。
だから、毎日いろんなことを試行錯誤して試して、膨大な量の失敗を重ねている。
1日16時間くらいずっと集中しまくっている時もあるし、それだけやっても何の成果も得られないことがほとんどだ。
ここ数年間はそうやって生きてきた。失敗を重ねるストレスも多いが、ほとんどの時間は楽しみながらやっている。そして、”見えない積み重ね”を蓄積してきている。
俺は知っている。この見えない積み重ねこそが、ある日自分を救ってくれることを。ある日、今までこれをやってきてよかったと、過去の自分にありがとうと、思うようになる事を知っている。
だからこそ、ワークライフバランスの大切さや、頑張るのは程々にしようよ、と豪語している人を見ると、疑問を抱く。
程々にやってきた人は程々の結果しか得られない、これは普遍的な事実だと思う。
それなのに、結果が得られないことに対する不満だけが一丁前に叫ばれる。こういう状況をよくみてきた。
凡人が人並み外れた成果を望むのであれば、その代償を覚悟しなければならない。
人と同じやり方で、人と同じ時間を過ごしても、凡人が特別な成果を手にすることなどあり得ない。
周囲が「やりすぎだ」と笑ったとしても、構わない。
俺は、まだ途中だ。
誰にも見えない場所で、まだ形にならない何かを育てている。
それがどれだけ時間を要しても、
その過程が俺という人間を形作っていく。
そして、ある日ふと気づくだろう。
あの何気ない夜、焦りながらも諦めなかった日々こそが、
未来の自分を立たせる土台になっていたことを。
その瞬間、すべての「やりすぎ」が、正しかったと思えるはずだ。

